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2015年9月4日

議長の沖縄支援行動報告(1)

7月12~14日に沖縄の基地反対闘争支援に行った神奈川労連議長の報告をシリーズで紹介します。

沖縄は日本ではないのか?差別と収奪される沖縄

沖縄に生まれて初めて行って、感じたことは以下の2つだ。

  1. 体を張った、むき出しの米軍基地との闘い。日米両政府との買収、分断、力の圧力。
  2. 特に本島北部で感じたがトロピカルな植生と台風など気候風土に合った建物。

神奈川も基地が集中する県であるが…。まったく置かれている状況は違い、天と地の差があると、率直に感じた。それは一言でいえば、琉球処分から始まる、琉球王国への差別の歴史だと思う。その最悪の結果が「本土防衛、天皇避難のための時間稼ぎのための捨石」となった沖縄地上戦であり、その後の米軍統治、そして形の上の本土復帰後の日米両政府による支配と買収、抑圧の歴史だと思う。根底には日米安保条約があり日米地位協定がある。

沖縄は、今も「捨石」なのだ。そして、これにまさに体をはって闘う人々がいる。今回の沖縄訪問で2人の体を張って闘ってきた人と出会えたことに感謝したい。

その一人は、沖縄県東村高江の伊佐真次氏。

2008年12月、高江ヘリパッド建設に抗議の意を示すために座り込みを行なっていた、「ヘリパッドいらない住民の会」の伊佐真次氏が、国からの「通行妨害禁止」を求める仮処分の申し立てで、那覇地裁から妨害禁止命令をうけた。

国は当初、住民15名に仮処分を申し立てたが、その中には一度も現場にいたことのない7歳の女児を含んでいた。このように大きな力を持った国や企業が力の弱い市民に対して反対運動や表現活動を萎縮させる目的で起こす民事訴訟をスラップ訴訟という。最終的に罪に問われたのは伊佐真次氏一人となり。5年半という年月をかけて闘い、2014年6月最高裁で判決が確定した。

伊佐さんは、もとは位牌を作る木工職人。座りこみを続けながら、2度の東村村会議員選挙に落選し、3度目に124票を獲得し村会議員(共産党)に当選。ほかの7人の村会議員を座り込み現場に初めて連れていき、基地対策特別委員会の副委員長となっている。朴訥とした人で、村民・議会の中での共産党アレルギーや反対運動への誤解を解く、独特な人柄を感じた。

「僕は木工職人。こんなことになるとは思っていなかった。この森の木はイタジーという。わかりやすくブロッコリーの森を守れと言っている。ここは国立公園まではいくと思うけど、世界自然遺産までは厳しいかな?」
もう一人は、具志堅徹さん。「ミスター辺野古」と言われている人だ。

名護市議40年ののち、その議席を後継者の仲里克次さんに引き継ぎ、予後の人生を送ると思われた。が、なんとなんとなんと、沖縄県議会補欠選挙で突如立候補、そして当選。沖縄訪問2日目に沖縄県議共産党所属の3人の議員と懇談した際、3人の深い自信に満ちた立ち居振る舞いに感動したが、とりわけ具志堅さんの風貌と眼光に肝の据わったものを感じた。たまらず私が具志堅氏に「オール沖縄の闘いになったその理由をもう一度教えてほしい」」と質問した時の答えは、この後詳しく報告する。

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